辻村深月『冷たい校舎の時は止まる』

 本来この本についての感想を書くつもりはなかった。感想を書いていいほどしっかりと読まずにかなりひどい飛ばし読みをしたし。

ただ、ちょっと他のブログに刺激的な記事を見つけて、なんだかそれに負けたくない、という意識が働いた。だから、読んで考えたことを書き連ねておこうと思う。

その上でこの作品のキーワードだと思うのはないし

物語は冬の雪の降る日、普通に登校してきた生徒たち。しかし学校には生徒数名しかおらず、彼らは自分たちが学校に閉じ込められていることに気付く。そしてそれはどうやら、その生徒の中の誰かひとりが学校祭で自殺し、残りの人々を自分の中に「取り込んだ」らしいことが明らかになる。

まずこれを読むとその類似性に気が付くのは宮部みゆきの『ソロモンの偽証』だと思う。

『ソロモンの偽証』は、柏木卓也という少年がある冬の日学校で自殺したところを発見され、その原因が大出俊次のいじめではないかという疑惑が持ち上がり、中学生たちが自主的に「裁判」を行ってその真相を明らかにしていく、という物語。

本作において誰かが自殺したのは学校祭の季節であるし、『ソロモンの偽証』で柏木卓也が自殺したのは冬。これは一致しないが、しかし本作において生徒たちが学校に閉じ込められたのは冬である。つまり冬には独特の雰囲気があるらしい。

反対に言えば『ソロモンの偽証』は、柏木卓也が自殺したのは冬であるが、しかし「裁判」が行われるのは真夏である。

ここから導き出されるのは、「冬」の持つ閉鎖的なイメージである。

『冷たい校舎の時は止まる』における「冬」は「雪」によって閉鎖的な雰囲気を醸し出している。実際自分は北海道出身だが、分からないではない。冬になると窓を閉め切るからだろうか、冬の方が夏とは違って、家の中が外部から隔絶されている感覚がある。

それだけでない。「雪」には独特のイメージがある。「蛍雪の功」との言葉があるが、実際には根雪を起こすほど雪が積もると、わずかな街灯でも雪に反射して、町全体がぼんやりと明るくなる。ぼんやりと明るいので、まるで町全体が作り物のようになる(もちろん作り物なのだが)。なんだかテレビドラマのスタジオにいる気分になる。

そういう「雪」降る「冬」に学校に閉じ込められるイメージは、それほど想像しがたいものではない。

反対に『ソロモンの偽証』では、その外部から隔絶されている感覚があるからこそ、柏木卓也の死が謎たらしめられている。

この作品には「自殺」という共通点がある。未だに学校で「自殺」が起きると、メディアのもっぱらの疑問はそれが「いじめ」による「自殺」であるか否かである。結果、「いじめ」を取り扱ったような作品は「なぜ」自殺してしまったのかというのをテーマに据えることが多い。

実際『ソロモンの偽証』でも柏木卓也が「なぜ」死んでしまったのかというのを、疑似的な歴史の審判としての「裁判」によって結論を出す。もちろんその判決が正しいかは分からないが、他者が過去についての結論を出すのはさながら「歴史」の在り方そのものである。

一方本作ではそれが異なる。「なぜ」自殺したのか、ではなく、「誰が」自殺したのか、がテーマに据えられる。そしてそれを明らかにするために自らの記憶を疑う。これはさながら「歴史」の在り方というよりかは「記憶」の在り方に迫るようである。

「記憶」というのは恣意的なものである、というのは、心理学者や脳科学者やその他もろもろの思想家の言葉を引くまでもなく、かなり実感を伴う感覚ではないだろうか。問題はその「記憶」は絶対ではない。実際その「記憶」には大きな誤りがあったことが明らかにされる。

彼らが自らの「記憶」に疑念を向ける閉鎖された「学校」という特殊空間であるが、このように特定の空間が特殊化する例というのは枚挙に暇がない。

原作小説から連続して映画化されている映画「人狼ゲーム」シリーズしかり、「神さまの言うとおり」、『悪の教典』もそうかもしれない。

こうした空間の特殊化の際、特に前の2作品については必ず「説明者」が必要である。つまりその空間がどういったルールで動いているのかを、誰かが説明する必要がある。

本作においてそれを担っているのは清水あやめであるが、彼女を説明者として置く一方、その彼女に事前の準備を与えないことで、そのルール説明を意図的に操作している。全てのルールを、登場人物たちもしらないし、ましてや読者も分からない。この非対称性は後の叙述トリックにも現れ、後半の伏線の回収は、さながら作者による答え合わせのように行われる。

そうした伏線回収が行われて、最後には何かの謎が解明されたのか。もちろん「誰が」自殺したのかという謎は一応解決される。しかし、実際にはそれ以外に何かが解決されたわけではない。

ただ、亡くなった生徒の時間は、冷たくなったまま止まり続けるだけなのだ。