澁谷知美『日本の童貞』

日本の童貞 (河出文庫)

日本の童貞 (河出文庫)

 

 個人的に興味のある分野というのがいくつかあって、その一つが「ジェンダー」だった。と、言ったところで、なんだか女性性を取り扱って、フェミニズムを叫び出したり、LGBTの権利を、などと虹色の旗を振り始めたりするわけではない。

むしろ興味があるのは男性性で、社会や国家が男性性をどのように管理しようと試み、男性性はどのような社会を構成するのかという点だった。

そんなわけでこの本の結論部で、澁谷知美さんの意図も、社会や言説という観点から男性性を「童貞」を手掛かりにその実相に迫ることにあったらしいと分かって、安堵した。

一方で疑問点もいくつかある。当初「女性に処女を求めるなら男性は童貞を」的な言説から始まったのはよく分かる。それがある時点から「恥ずかしいもの」へと変化した。それがいつごろで、どのような言説と共に変化したのかは分かるのだが、その理由は分からない。言説の分析が目的で、そこは範囲ではないということなのかもしれないから、特段この本にその答えがないことを非難するつもりはない。純粋に疑問を抱いた。

一方で明確に非難したいのは、文庫版へのあとがきにあるこの部分だ。

結論部では、「童貞に好奇の視線をそそぐ、童貞であることに恥じらいをおぼえるような、そんな社会とはいかなる社会なのか?」という問いに答えを出している。それにたいして、次の四つの解を示した。「恋愛とセックスが強固にむすびついている社会」、「「正しい童貞喪失」の基準が設けられた社会」、「基準から外れた童貞は、その「原因」が追求され、「病人」として扱われる社会」、「男性が女性に値ぶみされる社会」である。

これにもとづいて、さらに、一二年を経た現在の所感を加味して、男性の性についての普遍的テーゼを示すならば、「セックスにかんして、男の首を絞めるのは男である」というものになる。*1

最初の方は分かる。男性に「童貞だなんて」とセックスに基づいた価値観で失格の烙印を押す社会、そしてその言説を女性たちの意見によって支持させる社会。そこに対する違和感は分かる。

しかし最後の方。「セックスにかんして、男の首を絞めるのは男である」──え、何それ? と思ってしまった。確かに本の内容を調べてみると、男性向けの雑誌における言説が童貞について批判的に語っているわけだし、そこに登場する女性の声もかなり男性によって「編集」されたものらしいことは分かる。

それであったとしても、この結論は、最後に「童貞に関心を持たない社会」を切望した著者らしからぬものであるように感じられる。何だか突然「男子ってバカね」というような視線を向け、突き放したように感じられるのだ。

それって結局、例えば中学校や高校の教室でバカ騒ぎする「男子」に向けて、端っこで井戸端会議している女子が「男子ってバカね」と笑っているみたいなことじゃないのか。そういうステレオタイプな風景を彷彿とさせる。

童貞言説を丁寧に抽出した著者の苦労は推して知るべし。自分も、その変遷に関心を抱けたし、社会が男性性をどのように扱ってきたのか、その入門編として面白かった。

*1:澁谷知美『日本の童貞』河出文庫、2015年、p.246