藤野可織「日曜日」『新潮』2018年4月号

新潮 2018年 04 月号

新潮 2018年 04 月号

 

 時々、猛烈な寂しさと共に恐ろしさが襲ってくることがある。そういう場合、大抵その発端は、誰か周りの人に突然感じる「他者感」のようなものにきっかけを持つ。

誰かと楽しく話していても、ふと、怖くなる瞬間がある。その人には、自分が知らない過去がある。自分自身に過去があるように。当たり前のことなのだが、それがなぜかとても恐ろしい。

もしかするとそういう考えは昔からあったのかもしれない。と思うのは、数年前、いわゆる「思考流出」というような症状に苦しめられて──苦しんでいたかは微妙なのだが──いた。自分の考えが他人に聞かれているのではないか、自分だけが知らないだけで、みんなそれを知って楽しんでいるのではないか。

それだけでなく、自分は踊らされているだけで、周りの人はみんな打ち合わせをして、自分を楽しませたり、反対に貶めたりしているのではないか。

今から考えると無理のある思い込みだと分かるのだが、当時も周囲の他者との間に大きな隔絶を感じて、その存在が恐ろしかった記憶がある。そしてそれは、自分自身すら他者のように感じられるということをも意味していた。

もしかすると、自分に近い人の方が、他者に感じられ、そのほうがむしろずっと恐ろしいのかもしれない。

まな子には妹がいた。かな子となな子。ややこしい名前で困りそうだが、離婚を決めたまな子の引っ越しの算段をつけ、その荷運びまで済ませてしまう。

何から何まで親切な妹たちだが、そのあまりの親切さにすこし不気味さを感じる。

途中、新しい部屋が「ペット禁止」となっているのを見て、本当は猫を飼ってみたかった、とまな子が打ち明けると、妹たちは反対する。まな子は、自分が猫を飼えない、例えば猫を殺してしまったというようなことがあったのではないかと考え始める。

かな子となな子が自分に応えるために口を開くまでのわずかのあいだ、まな子はかつて自分が飼っていた猫を不注意で死なせてしまったことを指しているのではないだろうか。そう思えば思うほど、まな子には思い当たることがあるようだった

この後、その猫をありありと思い浮かべたような描写が続く。まな子は小説家という設定だから、この描写はさすがと言ったところか。

まな子には自分自身が他者のように感じられるに違いない。自分の過去であっても、かな子となな子に言われると「そうであったかもしれない」と思い、「そんなはずがない」とは思わない。ここにも不気味さを覚える。

猫を飼えない理由は猫アレルギーだったということが明かされるが、その後猫にさわったまな子を痒みや発疹が襲って、確かに猫アレルギーらしいということになる。

なるほど、妹たちは正しい。あの子たちはいつも正しい。たしかに私は猫アレルギーなのかもしれない、とまな子は思った。

妹たちの夫たちは、まるで同じ人格の人間が2人いるかのように振る舞う。彼らが主に引っ越しの荷運びを行う。そのトラックの荷台に乗り込もうと考えていたまな子だが、その案は夫たちに却下される。

「やめといたほうがいいですよお義姉さん」運転席の夫が、まな子の視線をたどって苦笑いした。

「そんなところに乗ったら危ないですよ」助手席の夫も察して苦笑いした。「もしお義姉さんに怪我でもさせてしまったら、かな子に何て罵られるか」

「でもきっと楽しいでしょうね、あそこに乗せてもらえたら」まな子はあきらめてそう言い、一歩うしろに下がった。

「そうですね、楽しいでしょうね」

「じゃ、またのちほど」

軽トラックがマンションの敷地をバウンドしながらでていくうしろを、まな子はゆっくりついていった。軽トラックはみるみる小さくなって、すぐに見えなくなった。

軽トラックに置いていかれるまな子の様が想像される。まな子のためになされる引っ越しで、そのための妹たちの善意であったはずなのに、そこにまな子は置いてけぼり。

新居に行くと、すでに妹たち、夫、そしてその子どもたちがすでにいて、コンビニで買ったらしいような食べ物が並んでいる。ここはまな子の部屋であったはずなのに。

新居の、すでに用意されていたベッドに、ほとんど強引に寝かされ、自らと妹の関係に思いを致すようになる。

文字を読む、それ以外の大抵のことを自分より上手にこなした妹たち。

お姉ちゃん、お姉ちゃんは私たちができることはなにひとつしなくていい、だって私たちのすばらしい毎日はとてもすばらしいけどありふれてるんだもん、お姉ちゃんは私たちにできないこと、できないことだけをしていて。

こう言ったかどうか確かではない、とのことだが、しかしまな子自身はそう思われていたということだ。そしてそのことは、まな子の人魚姫の寓話にも現れる。

肉を喰らいたいがために魔女に人の足をもらった人魚姫。しかしその代わりに舌を魔女に奪われてしまい、肉の味が分からない。仕方がないからその人魚姫は別の人魚から舌を奪って付け替える。

人魚姫が食べた肉の味を味わおうという魔女の目論見は打ち砕かれ、人魚姫が肉を味わうと、元の舌の持ち主である人魚も肉を味わえてめでたしめでたし。

これは、姉の想像力と自らもそれを享受しようという妹たちに置き換えられるようだ。自らの舌だけを姉に託し、自らは平凡ながらも間違いなくすばらしい日々を送り、それ以外のものを姉を通して経験する。

体よく使われているように思われる姉は、最後に、その「想像力」でささやかながら復讐を果たす。その場面の秘められた狂気。そこには、妹で近いはずの他者に対して感じる何かが秘められているようでもある。